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ベトナム語エスニック・メディア

日吉昭彦(東京経済大学非常勤講師)

地域メディア研究会  会報

(第一号)
2002年




1. はじめに

 本発表は、日本で発行されているベトナム語によるエスニック・メディアが、地域メディアとしてどのような役割を果たし、在日ベトナム人コミュニティに対してどのような機能を果たしているのか、インタビューや参与観察などフィールドワークの手法で明らかにするものである。
 在日ベトナム人のコミュニティや生活世界、難民をめぐる諸問題に関しては、数多くの研究成果があるが、こうした研究のなかでもベトナム語メディアはあまり着目されず、エスニック・メディアの研究でもベトナム語メディアが紹介されることはこれまでほとんどなかった。しかし、在日ベトナム人コミュニティの理解にためには、ベトナム語による情報提供活動は欠かせない要素である。在日ベトナム人が制作するメディアは、同胞の生活基盤となるコミュニティを創出するさまざまな機能を持ち合わせているからである。また、在日ベトナム人コミュニティは、世界中に点在する海外在住ベトナム人コミュニティのなかの一地域でもある。エスニック・メディアの活動の分析は、難民として定住したベトナム人が根ざす、アイデンティティの基盤ともなる国境や空間を越えたコミュニティ生成の分析でもある。
 本発表では、コミュニティ・メディアの総合紙「月刊メコン通信(Nguyet San MEKONG)」、留学生向けの新聞「交流(Giao Luu)」、日本に定住した家族を対象とした文化紹介誌「故郷の響き声(tieng vong que huong)」、カトリック団体が発行する情報紙「教えの言葉に忠実に(Phung Vu Loi Chua)」を取り上げた。現在、日本で発行されているベトナム語メディアは、他に「月刊協会(Nguyet San Hiep Hoi)」や「親善ニュース(Ban Tin Tanh Huu)」「KFCニュース(Ban Tin KFC)」などがある。以上はすべて雑誌やニューズレターの形式をとったペーパーメディアである。

2. 「月刊メコン通信」の活動 - 送り手の役割と機能 -
 
 「月刊メコン通信」は、食材や書籍などを販売するコミュニティ・ショップ「メコンセンター」の機関誌的な役割を持つメディアであるが、ベトナム語によって書かれたメディアのなかではもっとも発行部数が多く、扱われる内容は各種ニュースから娯楽情報までと幅広く、雑誌の形態をした総合紙である。ベトナム語エスニック・メディアのなかでは日本語欄を持つものは少ないが、この「月刊メコン通信」には5-7ページの日本語欄が設けられている。
 「メコンセンター」では、メディア産業が成立している在米越僑社会で製作されたパッケージ・メディアを販売している。在外越僑社会では文化産業において独自のネットワークがあることが分かる。雑貨販売のほか、翻訳業務を行ったり語学教室を開催するなど、ベトナム人同士やベトナム人と日本人の交流を、またベトナムに関心をもつ日本人同士の交流をも促進することを目的としたコミュニケーション・スペースの創造なども業務の一つである。在外越僑社会とのネットワークの存在と国内でのコミュニケーション・スペースとしての役割が、「月刊メコン通信」の機能の理解に重要な要因となる。発行元の特徴は「月刊メコン通信」の編集方針や特徴にも反映されており、コミュニティ・ショップで展開されるサービスは、異国での生活を豊かにする上で欠かせない日用品や娯楽の販売や、言語環境の異なる場で社会的生活を営むためのさまざまな制度上の橋渡しであり、こうしたサービスが「月刊メコン通信」の内容を構成している。
 「月刊メコン通信」の刊行年は1985年である。これまでのエスニック・メディアの研究では、ニューカマー自らの手による発行・編集は88-89年以降を待たなければならず、それ以前は在住コリアン/華人、欧米人向けがほとんど、といわれてきたが、他誌と比較するとベトナム語エスニック・メディアは比較的に早い時期に発刊されていることがわかる。それは「月刊メコン通信」の読者層にあたる在日ベトナム人は、1980年代後半以降に増加したニューカマーとも、それ以前から定住しているオールドタイマーとも歴史や背景が異なり、その多くは難民として日本に定住したものたちだからである。
 「月刊メコン通信」の発行人は、「メコンセンター」を経営し、これまで「月刊メコン通信」の編集をほぼ一人で行ってきたド・トン・ミン氏である。1970年に留学生として来日したが、大学卒業後すぐにサイゴンが陥落し、日本に亡命した。その後は在日ベトナム人のための通訳や難民救援の仕事を始め、日本での生活適応の手助けのためにリーダーシップを発揮していた人物である。現在は、越日の辞書編纂などをライフワークとして行っており、発行者・編集者の横顔から「月刊メコン通信」は「知識人メディア」であるということが分かる。一方、いわゆる「知識人メディア」と異なり、その内容は主に在日ベトナム人の同胞のための生活情報や知識、知恵のために向けられた。こうした生活情報提供は、集団の第一次的コミュニケーションを補完する機能を果たしている。
 「月刊メコン通信」は基本的には総合誌であり、ニュースや特集記事、連載記事などで編成されている。政治的な言論はなく、基本的には生活情報が中心である。
 「メコンセンター」の機関誌としての位置づけから、紙面を開くと、「メコンセンター」が関連した行事の紹介や商品のカタログなどが掲載されている。しかし、単なるカタログではなく、「メコンセンター」の関連した行事、すなわち在日ベトナム人コミュニティに関わる行事を紹介することで、エスニック文化のイベントを記録する役割を持ち合わせているといる。広報の役割を担う雑誌ではあるが、同時に自身が属する民族集団の活動を明らかにすることは、民族的アイデンティティの空間の存在を示し、民族集団の維持機能を担うと考えられるであろう。現在の生活基盤となっている日本社会への参与やアクセスを定期的に示すことでもある。
 1991年から毎号で連載している記事「東京だより」は日本で起きた重要な出来事や事件について解説するものである。解説性の機能は、季刊や月刊など発行期間の長いメディアの利点である。さらに、言語的な障壁や異文化に面する同胞に正確な情報や知識を提供するという、エスニック・メディアならではの解説性の機能が含まれることになる。
 日本の時事ニュースおよび在日ベトナム人に関するニュースは、世界各地の在外越僑メディア産業の大手に配信されている。「月刊メコン通信」の記事は、在外越僑の主要メディアへの東京発通信にもなっている。世界各地のベトナム語エスニック・メディアでは、自国以外の在外同胞の動静は極めて重要なニュースになっており、国境を越えるエスニック・メディアの記事は、在外越僑文化の一面を成す。国境を越えた民族集団のつながりや絆を確認する手立てとして、「月刊メコン通信」のようなエスニック・メディアが役割を担っているのである。
 在日ベトナム人の投稿記事や詩、マンガなども掲載されている。「月刊メコン」の掲載を激励としてよりよいものを書いてほしいと編集者は言う。こうした掲載は読者への賞揚機能の一つであり、また読者との距離の近さはエスニック・メディアならではのものである。
 「メコンセンター」は、1999年と2001年に、在米の人気歌手を招聘したコンサート・イベントを企画した。招聘したのは在外越僑社会のメディア・スターたちである。このコンサートでは、著明な歌手だけでなく、一般の在日ベトナム人がステージに上って歌声を聞かせた。演奏もすべて素人である在日ベトナム人が担った。彼らは熟練労働で毎日を厳しい単純労働で過ごすものがほとんどのメンバーであった。このコンサート・イベントの企画内容は、1998年に発行された「メコン通信」で逐一報告された。歌手の招聘のために、ミン氏はアメリカに渡り交渉し、こうした様子は記事になった。「月刊メコン通信」の「芸能人ニュース」のコーナーは盛り上がりをみせ、来日する予定の歌手ともに、イベントに参加する一般の在日ベトナム人も表紙を飾るなど、大きく取り上げられた。イベントの成功を目指す目的のなかで、在日ベトナム人コミュニティの有力者も協力した。ほぼ満席で大成功をおさめたこのエスニックなメディア・イベントは、文化交流メディアとしての機能を着実にフォローして娯楽を提供しつつ、エスニック・コミュニティの社会関係に刺激を与え、実際的なコミュニティ・スペースの創造につながっていたのである。メディア・イベントはエスニック集団を可視化し、アイデンティティの存在証明を外化して、自身の集団の成員に示すだけの瞬発力を持ち合わせている。
 このように「月刊メコン通信」の編成内容や組織、活動などの点から具体的な事例とともに考察することで、在日という地域性とともに、国境を越える在外越僑社会の一地域として、日本における在日ベトナム人社会があり、その地域性を支えるさまざまな機能や役割をエスニック・メディアが果たしていることが明らかになるのである。

3. 「交流」 - エスニック・メディアの危うい経営基盤 -
 現在は廃刊中の「交流」は、ベトナム人留学生によるベトナム人留学生のための新聞であった。華人向けエスニック・メディアを中心に多言語のエスニック・メディアを発行している日本のエスニック・メディア産業の大手「ニューコム(株)」から発行されていた。記事内容は、ベトナムからのニュースや日本の出来事、留学生向けのお知らせ、ベトナムの詩や短編小説、雑学などが中心であった。新聞は名目上は有料であったが、実際はフリーペーパーとして流通していた。
 編集を担当した留学生はこれまでジャーナリストとしての経験がなかった。自身の生活の中心は学生であり、取材する時間はなく、機材の面でもベトナム語という独特の言語のメディア制作には苦労したという。「ニューコム(株)」は新聞の印刷・発行、広告や費用などの事務を行ったが、流通と営業に関しては留学生が担当した。しかし、ジャーナリストとして素人である留学生たちは、記事作りが精一杯で営業はできず、毎月3000部も発行されていた新聞は、そのほとんどが残部であった。その後、11号を数えて廃刊している。
 「交流」という小さな新聞の挫折経験が示しているように、エスニック・メディアとは極めて危うい経営基盤のもとで成り立っている。数多くのエスニック・メディアを発行する「ニューコム(株)」のような企業のサポートがありながらも、流通ルートの確保と提供は決して容易ではなかった。エスニック集団が異なれば、またコミュニケーション・ネットワークも異なり、必ずしも少数派メディア同士が補完しあえない部分もあるからである。流通を目指した時に実際に目の前に広がる、専門化も細分化もされていない現実空間の途方もない広さのもとで、エスニック・メディアにある素人性や、マイノリティ・メディアとしての問題が浮かび上がってくる。

4. 「祈りの言葉に忠実に/故郷の響き声」 - 教会とエスニック・メディア -

 「祈りの言葉に忠実に」は、「在日ベトナム人カトリック共同体」が発行している機関誌である。1983年に発刊されエスニック・メディアとしての歴史は長い。
 「祈りの言葉に忠実に」の紙面構成はB5サイズで80ページである。月刊の雑誌で毎月700部ほど発行している。
 記事内容の三分の一を占めているのは、日付け入りのミサの案内とともに、当日のミサの進行にあわせた福音の言葉である。その他の内容は、「教会」に関わるニュースや、世界のカトリックに関するニュース、婚姻や死亡の記事、月の行事の案内、神父の連絡先などから構成されている。
 直接的な雑誌の機能は、事前にミサの内容を知らせミサの理解を深めることである。一方、間接的な機能として、マイノリティの言語を母国語とするために、身近に得られない信仰の場を提供するというものがある。文化的背景や現在の生活環境を共有するなかで伝わり理解できる信仰の言葉もあり、在日ベトナム人にとって母国語によるミサや同国出身の神父の存在は重要である。しかし、東京都下で開かれているベトナム語のミサは月に一度程度でしかない。地方に在住するものにとっては、通い切れないほど遠い場所で開かれている場合もある。この雑誌はベトナム語のミサに参加したいものに信仰の場を提供している。また、月に一度の「教会」でのミサは、同じ故郷と同じ言語、そして異郷で暮らし悩みを分け合う同胞が、日常の日本での仕事や家庭などから離れて、一緒に過ごすことができる貴重な時間である。こうした人と人とのネットワークこそが、日常生活を送る上での情報交換などを行う上で、重要なメディアとなる。そうしたネットワークの維持する上で、こうした「集まり」の場所や時間、イベントなどの情報が、恒常的に提供される。人と人をつなぐ場の情報提供は、この雑誌の重要な役割であろう。ミサという教会活動と補完的に、この雑誌はエスニック・メディアとしての性格を持ち合わせるのである。
 「故郷の響き声」は、ベトナム語を忘れた子供たちと、日本語がなかなか修得できない親たちとのコミュニケーション・ギャップを埋めることを目的として発刊された雑誌だ。全ての記事は、ベトナム語と日本語のバイリンガルで掲載されている。ベトナム語エスニック・メディアのなかでは近年に発刊された雑誌の一つでもある。
 発行人のファム・ディン・ソン氏は、1981年17才のとき小舟でベトナムを出て来日した難民である。ソン氏は、阪神淡路大震災をきっかけに、言葉が不自由なゆえに、避難所で肩身の狭い思いをし、日本人との誤解でコミュニケーションがうまくいかなかったベトナム人と出会った。また多くの在日ベトナム人たちが抱える問題に言語の習得と関連する家族問題があった。在日ベトナム人の親子関係や在日ベトナム人社会の文化的アイデンティティの揺らぎに直面したことで、文化を通じた情報提供活動を志した。こうしてこのバイリンガルの文化紹介雑誌が発刊されたのである。
 雑誌の内容は「ベトナム建国史」や「ベトナム文化における伝説」「ベトナムの歌」ほか、文化紹介のエッセイ、作文や各種体験・思い出の記などで構成されている。毎号は一つのテーマを持ち、テーマにそった特集が組まれ、内容もテーマにそうように編集されている。「巻頭言」ではベトナムの詩や格言とともにテーマを説明している。神父の製作した雑誌とはいえ教義の言葉が示されるわけではない。ただ、こうしたテーマ設定や「巻頭言」には、編集部代表ソン氏のカトリック神父としての思想が反映している。それはソーシャル・ワークの実践によるキリスト教的な世界観をふまえた共同体生成の意識である。
 「教会」を基盤とした二つのベトナム語エスニック・メディアは、組織面でも編成面でも性格を異にするが、「教会」の活動と相互補完的に機能しているエスニック・メディアという意味では共通の特徴がある。メディアとして表出されたテクストの背景には、こうしたカトリックとソーシャルワークとの統合がある。エスニック・メディアのソーシャル・ワーク的機能の考察から、在日ベトナム人社会とその変化について理解できる。

4. おわりに 

 ベトナム語エスニック・メディアは、作り手である在日ベトナム人の姿や在日ベトナム人社会の現状が反映している主体的な自己表現の空間である。母国語のメディアを通じて、自身のコミュニティーに参加し、エスニシティの空間を編成していく。ベトナム語エスニック・メディアを通じたエスニシティの編成とは、市民としての在日ベトナム人の主体的な参加や私的自立の上に成り立ったものである。
 「月刊協会」は「在日ベトナム人協会」という在日ベトナム人のための組織団体が発行する月刊の雑誌だ。政治/経済/時事のニュースから趣味や生活に渡るまで幅広い内容を扱う有料の総合誌であり、政治的言論を行うメディアである。有料で月刊800部の発行部数を持つ。「親善ニュース」は、「かながわベトナム親善協会」が発行する隔月刊のタブロイド新聞だ。発行者によると「言葉が分らない難民のために、生活情報などを提供するのが目的」に発行されている。神奈川地区に在住するベトナム人むけに無料で配付されている。ボランティア活動の一貫として発行されている新聞であるが、政治的な言論機能も持ち合わせる。
 一方では、1990年代後半になって増加してきたベトナム人研修生向けのニューズレターや、阪神大震災をきっかけに兵庫県神戸で外国人支援活動を行きた「神戸定住外国人支援センター」が発行するニューズレター「KFCニュース」などは、ホスト社会である日本の組織が、情報提供活動の一貫として発行したメディアで、近年の日本の国際化をめぐる社会情勢と関わっているものである。
 在日ベトナム人向けエスニック・メディアの現状と歴史からは、在日ベトナム人の独特の境遇と国境を越えて展開する在日ベトナム人のコミュニティ形成過程が理解できる。それとともに、日本における市民社会の形成過程や共生といった国際化をめぐる内なる現象の理解にもつながるのである。




 
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