NOTE TO TONEの CDトレーを開く少し前に

Featuring Private Music Label's CDs

(New Age Sound Label)


音楽は時間の流れに位置づけされざるを得ないので、点在するような立場の同時性っていうのは理想にすぎないですよね




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LEO KOTTKE "that's what", (C&P) 1990 PRIVATE, INC

Produced by Willard Oliver & Leo Kottke






これは、いった?なんという音楽ですか?分からない。なんじゃこりゃって感じですけど。歌なしですね。



レオ・コックです。歌もたまに入ってきます。ギターとベースとたまに入ってくるパーカッシブな音によるインストがメインですね。分かりにくい音楽っちゃーそうかもしれませんね。ルーツになっているのは、カントリー・ギターなんですけど、オフビートで、ベースとギターだけでやってるから、どこを聞いていいのか分かんなくなっちゃう。ラグタイム・ギターの脱構築ですよ。これは。この人6弦ベースも弾いてますが、このベースがいわゆるベーシストのラインじゃなくて、ギタリスト的なベースラインだからコード感とか見失うかも。



あとメロディーとかそういう概念も........



主とか従とかいう関係が見当たらないと思いませんか?



それぞれの楽器が何かを生かすためのものとしてあるようには感じないです。曲の構造にしても、だんだん盛り上げて盛り上げてやっとたどりついたサビみたいな考えじゃないんでしょうね。そういう曲って、それまでの部分はなんだったんだってことになる。歌詞にストーリーの構造があるならそういうのもいいけど。ジャズみたいに順番こにソロをとってだれもが主っていうのもないんですね。まあ、ソロアルバムですからっていうのもあるんでしょうけど、どこも真面目に聞かなくてはいけない。



音楽は時間の流れに位置づけされざるを得ないので、点在するような立場の同時性っていうのは理想にすぎないですよね。永遠に同じノートを聞き続けることはできないわけです。なんだかんだいって1曲目と2曲目の間に関連をみつけようとしてしまいますし、コードの転調には耳がいく。ちょうど、今かかった曲はカバーですけど、聞いたことありませんか?



ありますね。どこで聞いたんだろう?



「Mid-Air」です。なにかに使われてましたね。こうして聞いた順番に左右されないことはできないんです。



たとえトーンとして生まれたものもいったんはノートに返らなくてはならないってことですね。NOTE TO TONE というホームページの意味をもう一回考えさせられますね。NOTE TO TONE は理想ですから。でもこの理想を追い求めた結果が、たとえば、このレオ・コックだとすると、すごく分かりにくいものになりますね。



スタイルというものに関してもそう。レオ・コックがスライドやラグタイム、スラップを使うと、その部分はある連続からの離脱から逃れられない。ハーモニクスの音が....少しづつ少しづ減衰してゆく。次々に重なるトーンは一つの音の消滅のインパクトを強めてしまう。サウンドは消えるから、また聞きたくなるんでしょうけど。



あ、語りが入りましたね。やっぱり語りや言葉が入ってくると、主従関係は明白になりますね。英語で何言ってるんだか分からないのに、単なるサウンドだとは思えないですね。あ、でも、この曲はおもしろい。単純なシーケンスが連続しているけど、最初はその上に、次第にそれが途切れた瞬間に語りが入るように変わってる。テクノっちいなあ。サウンドは思いっきりディズニーの熊さんなのに。



カントリー・ベアー・ジャンボリーですね(笑)これはディズニーランドで最もいいスポットでしょう(笑)。そういってみんな連れてくと冷たい笑いが.......。超かわいいのになー。フランスのユーロ・ディズニーにもあるんでしょうか?



では、知り合いでフランス通がいるので、今すぐ電話で聞いてみましょう。



 エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ



ユーロ・ディズニーのパンフには見つからないそうです。ちなみに「ショー形式だから待たなくちゃいけないうえに、あのチープさ!だれが見るのか謎。しかし、クリスマスにはクリスマス・ソングを演奏してくれるし、座れるのでいいかも」というコメントでした。



あの、チープさって、なんだかアメリカのもつ暗い部分と、エンターテイメントが興行になっていったときにあるある種の後ろめたさみたいなのが結び付いていて、みんなが触れない古き良きアメリカじゃないですか?クリスマス・ソングっていっても、純粋にエンターテイメントとしてのっていうところが、いかにもディズニー的。しかもそれをカントリーでやる。信仰よりも開発をとった人々をルーツにもつ音楽でクリスマスソングを演った結果、チープさも相まって受けるって面白い図式ですね。



カントリーって比較的に国際化してるっていうか、ワールド・ミュージックなんかにもエッセンスとしてよく取り上げられている気がする。そうやって一種の意味のぬけおちたエッセンスとしてのトーンを、翻訳してゆく可能性みたいなものを、それを作ってきた人がやるっていうのは、今後の人々へのいい参考になるんでしょうね。



いいつながりのきっかけができました。エタ・ジェイムスへ行って見ましょうか。






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